Archive for the ‘03登場人物’ Category

元祖・のっティ応援隊長 岡田博久(おかだひろひさ)さん

土曜日, 10月 13th, 2007

「”のっティ”が走る野々市町の町並みが一番のお気に入り」

応援団ロゴ

岡田博久さん 

 今回ののっティ応援団は、カメリア・パルの会「のっティ・プロジェクト」開設当時からの参加メンバーで、のっティをこよなく愛し、その名も「のっティ応援隊」というホームページ(HP)を運営している岡田博久さんです。

 岡田さんは、当初のっティには大して興味がなかったのですが、パソコンやバス・鉄道好きで何かのHPを開設しようと考えたとき、のっティの南ルート開設(平成16年12月1日)に合わせて非公式ファンサイト「のっティ応援隊」を開設することにしました。

 そして、「のっティ応援隊」を開設したことでのっティに関わるようになり、のっティの魅力に徐々に取り込まれていきました。HPを作ってからはコミュニティーバスに興味を持ち、全国を回りコミュニティーバスに乗車しましたが、やはり1番はのっティですと述べています。

 毎回、のっティ新聞の表紙を飾る写真は岡田さんが撮影したもので、仕事終わりの日曜日などに撮影しています。写真は事前に車でのっティの運行ルートを周り、撮影ポイントを確かめておきます。当日ののっティの運行時刻は把握しているため、通過前に準備しておき写真を撮ります。
 しかし、走っているのっティを撮るのは難しく、すぐに人や車が入ってしまい失敗することもよくあるそうで、失敗した場合は後日再び同じ場所に写真を撮りに行くことも。

 のっティの写真を撮っていたことで運転手さんとの面識ができた、それをきっかけに今では運転手さん全員と仲良くなっています。

 今ではすっかりのっティが大好きの岡田さんにのっティのどのようなところが好きか尋ねたところ、「のっティにはお客さんと運転手さんの世間話のなど路線バスにない雰囲気があり、季節ごとに変わる野々市の景色が車窓から見ることができ楽しいところです。」と述べていました。

 そんな岡田さんは「のっティを数日見ないと寂しい気持ちになる」とのこと。今年はのっティ応援隊としてのっティプロジェクトと共同でのっティが末永く運行できるように応援したいと述べていました。

「のっティ」のデザイナー 吉野武(よしのたけし)さん、濱本豊(はまもとゆたか)さん

土曜日, 7月 7th, 2007

ヨシダ宣伝打ち合わせ卓でのっティ応援団

 今回の「のっティ応援団」は、のってぃのキャラクターと車体のデザインを担当したヨシダ宣伝(株)(野々市町堀内5-194)の吉野武さんと濱本豊さん(写真左から)。二人ともデザイン専門学校を卒業したデザインのエキスパートだ。
 ヨシダ宣伝は、元々は手書きの看板屋からスタートし創業80年。現在は、インテリアや広告メディア、調査・企画などの幅広い事業も行っており、北陸だけでなく東京・大阪・名古屋方面でも活躍している。

 前号で紹介したコーディネータの金岡さんを通して、野々市町役場から依頼を受けコミュニティバス導入プロジェクトに参加した。「このプロジェクトは、ポンチョ型のバスを導入したいとの意向以外、全く白紙からのスタートだったのでとても大変でした。」と当時を振り返る。
 まず初めに他地域のコミュニティーバスを参考にしようと、ポンチョ型のバスが走っている長野県松本市へ、デザインの監修者である金沢工業大学の水野先生(第2号で紹介)と学生さん、そして金岡さんと一緒に見学に行った。

 松本市のバスは、手毬をデザインにしたシックなもので城下町にフィットしたものであったが、あまり特徴がない野々市町ではどのようなデザインをイメージすればよいかと皆さんも迷っていた。そこで椿のモチーフを含めて、ヨシダ宣伝と工大の学生たちが、全く違う手法でアイデアを出し合うこととなった。

 二人のデザイン・コンセプトは、「明るく元気で、ほのぼのと、ゆったりとした、かわいいもの」と決めていたそうだが、完成したベースデザインを見て「これはうける!」と手ごたえを感じたそうだ。
 ちなみにこの時点では、「のっティ」の名前はまだ決まっておらず、仮の名前「のらんかー」を想定してデザインしていた。監修の水野先生からは、「バス前面の歩道側に描かれたキャラクターは、通行人の目に入り易く、またバス停で待っている人を迎えに来るという気持ちが表れている」と一押しの評価を得たそうである。

 デザインの選定とほぼ同時に決まったニックネーム「のっティ」。「100円バス」と表示するのなら、「のっティに100円玉を持たせたほうが面白い」ということでキャラクター・デザインが完成した。

 「のっティは一体何者?」と問いかけると、「熊だとか、犬だとか、切符だとか、いろいろ言われているようですが、何でもいいんです。特に決めていないし不思議な部分が残っているほうがいい。全部答えが出ているものはそれで終わってしまいます。足があってもいいんです。自由にイメージしてください。」とコメントを頂いた。
 
 最後に「これまで色んな仕事をしてきたが、”人にウケる”という仕事は初めて。お客さんと一緒に1つの物を作り上げて、その携わった事業がどんどんと広がっていくのはうれしい。」とプロジェクトに参加した感想を答えてくれた。

「のっティ」のコーディネーター 金岡奈穂子(かなおか なほこ)さん

金曜日, 4月 6th, 2007

役場前の金岡奈穂子さん

 平成13年から始まった野々市町のコミュニティバス導入委員会の事務局をサポートして、コンサルティング業務を担当してきた(株)計画情報研究所(金沢市駅西本町2-10-6)研究員の金岡奈穂子さん。

 運行ルート、バス停の位置などの調査研究を始め、運営事業者の選定や車両の形、デザインなどの全てにわたってコーディネーターとして活躍した。

 「バスの形は今のポンチョにほとんど狙い撃ちで決めていました。なんといっても可愛かった。」とか。「デザインもボディにジャストフィットでしょう?」と、金沢工大の水野一郎先生や学生、行政担当者、デザイン会社との連携プレーを賞賛していた。

 しかし、一時は他のデザインを強く推奨する声もあり、今のデザインが採用されない危機があったことも逸話として紹介してくれた。

 金岡さんは、交通システムや都市計画など、多くのコンサルティグに携わってきたが、行政、学生、デザイナー、交通事業者が一体となって、熱く語り、企画し、実現した事業はあまりない経験だったとか。
 「のっティが走ったときはうれしかった。これまでの仕事は計画段階で終わっていたが、のっティでは導入まで担当できて良かった。」と、いろんな人と一つのことを実現できたことが素晴らしい体験となっているようだ。

 のっティ運行後もアンケートやヒアリング調査も担当。のっティに乗っていると外から子どもたちが手を振ってくれた時は、泣きそうになるほど感動したそうである。

 「コミュニティバスは赤字が前提になっているが、赤字であってもただの移動手段ではない。住民の親しみ度、地域のアイデンティティとしての役割、ご近所とのコミュニケーション促進効果など、お金で計れない事業導入効果も評価すべき。」と力説する。

 「長く続けるためには、一人ひとりの住民に愛され、利用されることが大切。イベントの時に使う、キャラクターグッズなどの販売で応援する。白山市が導入を決めた、バス停の名前を売る、車両広告を乗せるなどして、少しでも経営の足しになる『応援事業』でのっティを盛り上げることも大事」とも。

 金岡さんは、砺波市出身で現在は金沢に居住。昔からまちづくりに興味があり、個人的には、農村と都市の交流を楽しむグリーン・ツーリズムに興味を持ち、砺波の散居村体験宿泊などを企画したこともある。

 この「のっティ新聞」にも大いに興味を持って頂いた。

のっティのファーストユーザを自負 近江(おうみ)ひろえ さん

金曜日, 11月 10th, 2006
近江ひろえさん

 堀内5丁目の近江さんは、毎日の通勤にのっティを愛用している。のっティは試験運転の時から愛用しており、運転手の柴田さんとはその頃からの顔なじみ。ファーストユーザと言っても過言ではないくらい。

 金沢工大の国際交流室に勤務し、文化の違いや生活習慣などに戸惑う外国人教員のサポートやカウンセリングを行っている。ご自身もカナダのトロントに13年間生活し、外国人の気持ちが良く分かることからこの仕事を選んだ。

 実はご主人も金沢工大の教授で、白山市の八束穂キャンパスに勤務、ひろえさんは扇が丘キャンパス。そこで朝は、マイカーで扇が丘経由の八束穂キャンパスへ、帰りはお互いの終業時間が違うため、ひろえさんは赤のっティで帰宅している。ただ、ご主人が扇が丘で講義する場合は、朝ものっティの愛用となる。

 帰宅時間はバラバラで、マスコットのチャッピーが、ひろえさんの帰宅をお迎えしている。
 帰りのコースは、中央ルートの工大前から堀内東まで。バス停を降りるとすぐ近くにスーパーマーケットがあり大変便利で、まるで自分のためのコースにすら思えるくらいとか。

 向き合って座る乗り合いバスは、コミュニケーションが取れて、地域社会が楽しくなり、会話が生まれるとのことで、毎日乗っていると顔見知りが多く、挨拶や世間話が自然とでるようだ。
 それに、運転手さんの人柄がいいとも。「ご苦労さん」など笑顔で声をかけてくれるので、無事に1日が終わった気分になり、ホットするそうだ。

 「野々市は特色がない町、観光地や特産品も少ないなかで、のっティは唯一の野々市町のシンボルかも」と、末永い活躍に期待を込められた。

のっティデザインの監修者 水野一郎さん

日曜日, 7月 16th, 2006

水野一郎さん

「のっティ」のキャラクターデザインを監修された金沢工大教授の水野一郎さん(環境・建築学部長)は、のっティに乗ることも好きだが、「のっティがまちの中で自分の横を通りすぎて、走っていくシーンが好き」と言います。

 のっティのデザインは、プロのデザイナーや工大学生による提案のなかから選定したもので、ほとんどが伝統的な素材や椿などをモチーフにしたシックなデザインが多かった中、唯一「100円玉を持った切符のキャラクター」がユニークで新鮮だったとのこと。

 観光要素の少ない野々市町では、子どもや高齢者、車を持っていない人などが気軽に楽しく乗れる地域コミュニティのイメージにピッタリだったそうです。

 「ルーフトップがかわいいし、先頭ののっティがみんなに声をかけている感じに思える。のっティは、大通りを走るより狭い路地裏を可愛く走る感じがグッド。」

 ボディデザイン試作の時には、日野の工場まで出かけて、先頭ののっティの位置・バランスなどを細かく検証したそうです。

 水野さんは、金沢工大に勤務して今年で29年。東京の建築設計事務所社員のとき、金沢工大の1・2号館の設計や工事管理を行ったことが縁で、金沢工大教授として現在に至っています。

 「のっティは、野々市住民の買い物、病院や美容院、スポーツなどに出かける時の日常の足になってもらいたい。のっティに乗って、御経塚遺跡の資料館、富樫館跡などの史跡や県立大学の施設、金沢工大の図書館、日榮の工場、FM-N1のスタジオのツアーを計画してもいいのでは。
 また、今後ののっティについては、小さい町なのでこれ以上増便することは経済的にも不適正と思う。逆に利用が少ないところは減らしてシンプルにすることも一施策とも思う。」などのアドバイスをいただきました。
 

のっティの名付け親 西野康子さん(清金3丁目)

日曜日, 3月 19th, 2006

西野康子さん
 「のっティ」の名付け親となった西野康子さん(清金3丁目)。
 『当時、町内会の班長をしており、広報を配布する時に愛称募集の記事を見て「ののいち」と「コミュニティバス」からすぐに「のってぃ」が思い浮かんだ』とか。

 西野さんは、『全部平仮名だとお年寄りが「てぃ」を「てい」と読むだろうし、全部カタカナだと堅苦しくなると思い「のっティ」と平仮名とカタカナを組み合わせるとかわいい感じになりました。
 応募のはがきには「乗ってください」という思いをコメントに書いたのですが、町の方で「乗っていいバス」といういい解説をしていただきました。』とおっしゃっています。

 西野さんご自身は、撚糸業を家業としており、小松市の工場まで毎日20kmを自家用車で通勤しているため、めったにのっティに乗ることはないのですが、ルート開通当初はお孫さんと一緒にのっティに乗ってよく町内を巡回されたそうです。

 84歳のお母さんは、金沢市横川町の親戚まで行くのに良くのっティを使っており、北鉄バスで行くと時間がかかるのですが、のっティだと便利に短時間でいけると好評とか。
 下林にいるお孫(現小学2年生)さんも、最近は一人でのっティで遊びに来られるそうですが、初めての時は大変心配で運転手さんに充分お願いして乗せていただいたそうです。

 最後に、『町のすみずみまで見ているのっティの運転手さんに、見慣れない車などをメモしてもらうような役割を担っていただけないでしょうか』などとご提言もいただきました。